東京地方裁判所 平成6年(ワ)24003号 判決 1995年12月20日
原告 阿吽阿教団本部協会
右代表者代表代務者 荻原弘明
右訴訟代理人弁護士 土谷英和
被告 湘南信用金庫
右代表者代表理事 香取衛
右訴訟代理人弁護士 山下光
瀬古宜春
本田正士
國村武司
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の不動産について、別紙登記目録≪省略≫記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続きをせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文同旨。
第二事案の概要
一 原告の主張
1 原告は、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)を所有している。
2 本件不動産には、被告のために別紙登記目録記載の登記(以下本件登記という)がなされている。
3 本件登記は、当時の原告代表者冨岡昭二郎(以下訴外昭二郎という)が、自己が取締役をしていた訴外株式会社弥冨商会(以下訴外会社という)の債務を担保するために設定したもので(以下本件担保設定という)、本件担保設定は利害が相反するものであるにも関わらず、仮代表役員を選任することなく行ったものであるから、宗教法人法二一条一項、民法一〇八条本文に反し無効である。
二 被告の主張
1 宗教法人法に関する主張
(一) 原告は訴外会社から平成三年八月二五日に金二億円の、平成三年九月二四日に金一億五〇〇〇万円の融資(以下本件融資という)を受けたが、その当時の訴外会社の代表取締役は訴外冨岡朝太郎(以下訴外朝太郎という)であり、原告の代表役員は訴外昭二郎であった。本件融資は、訴外会社が主債務者となって借り受け、訴外朝太郎が連帯保証人となり、原告は本件不動産に根抵当権を設定したものであるから、宗教法人法に定める「代表役員と宗教法人との利益が相反する事項」に該当しない。
(二) 仮に、本件担保設定が、宗教法人法二四条一項に違反し、追認の事実が認められないとしても同法二四条但書の類推適用によって、その無効を被告に対抗することは出来ない。
2 民法一一〇条の類推適用について
仮に、宗教法人法二四条但書の類推適用が認められないとしても、被告は、本件担保設定が宗教法人法二一条一項の利益相反行為に該当することを全く知らず、かつ、右知らないことにつき正当事由があった。
3 信義則違反について
本件担保設定が、宗教法人法二一条一項に該当し、かつ、評議員会、仮責任役員会等の手続が取られなかったとしても、被告は、訴外会社の経営建直し等の中心的存在であった訴外会社の取締役であった訴外高橋正典(以下訴外高橋という)との間で本件融資の交渉を行い、その際、訴外高橋は、訴外昭二郎が本件不動産等に根抵当権を設定することとなるが、右物件については売却先を探しており、右売却の際には、原告が訴外会社に資金援助する形で全額を返済することになるので心配はいらないので早急に融資を願いたい等と被告に話しをもちかけ、その後も本件不動産の売却のための不動産評価証明書を提出し、本件不動産の登記済権利証等本件登記手続に必要な書類の交付を受けたために、被告は本件登記手続を了したもので、このように原告自ら訴外会社に対する本件融資について極めて積極的に協力し、訴外会社が平成四年一月二一日及び二月ころに相次で手形不渡りを出して倒産するや、本件担保設定の無効を主張することは信義に反するといわざるを得ない。
4 原告は、次のとおり本件担保設定を追認した。
原告は、訴外昭二郎の招集のもと、平成四年二月五日、原告事務所において臨時評議員会を開催し、本件担保設定及び登記の承認、仮代表役員として訴外芹沢重春を選任すること、仮責任役員として訴外瀬川泰次郎を選任することの議題が討議され、いずれも承認をする旨の決議がなされた。仮代表役員芹沢重春及び仮責任役員瀬川泰次郎の出席のもとに、右同日、仮責任役員会が開催され、本件担保設定及び登記について承認の決議がなされた。
5 平成二年八月ないし平成三年二月当時、原告の評議員は訴外昭二郎と極めて親しい親族で占められており、しかも、原告は冨岡家の私的な宗教団体であり、訴外昭二郎は訴外会社の取締役、冨岡朝太郎が訴外会社の代表取締役、冨岡孝三郎が訴外東都高圧洗管株式会社の代表取締役であり、これらの各会社は冨岡家の長男、次男、三男の関係する親族会社であること等からすれば、原告の各評議員はこれらの会社のために処分等(根抵当権の設定等)をすることについて原告の代表役員である訴外昭二郎に包括的に任せかつ承諾をしていたというべきである。
第三争点に対する判断
一 本件証拠(証人冨岡昭二郎、同二本木岳彦、≪証拠省略≫)によると、被告は、訴外会社に対して、平成三年八月二五日に金二億円を、平成三年九月二四日に金一億五〇〇〇万円をそれぞれ手形貸付の方法により貸付けたこと(≪証拠省略≫)、その当時、訴外会社は、訴外朝太郎が代表取締役であり、訴外会社の福浦工場の工場長を勤める訴外昭二郎が常務取締役、訴外高橋及び総務部長の訴外赤坂栄一(以下訴外赤坂という)が取締役にそれぞれ就任しており、本件融資については、主に訴外高橋が被告との接渉に当たっていたこと、訴外昭二郎は、訴外会社の存続を図るためには被告からの融資を受ける必要があり、そのためには本件不動産に本件担保設定することも已むを得ないと考え、被告からの要求である本件担保設定に応じたこと、当時の原告の責任役員は、訴外冨岡朝太郎、訴外昭二郎、訴外冨岡孝三郎の三名であり、原告の規則によると代表役員は原告と利益の相反する事項については代表権を有せず、評議員会において仮代表役員を選任しなければならないこととなっており(同規則第一五条。≪証拠省略≫)、当時、評議員は冨岡蕗子、冨岡節子、瀬川巖ら六名であったが、本件担保設定に関して評議員会が開催されたことはなく、芹沢重春が仮代表役員に、瀬川泰次郎が仮責任役員に選任されたことも、芹沢重春及び瀬川泰次郎によって仮責任役会が開催されたこともないこと、本件融資を実行するに際して、被告は、訴外会社に対して担保の提供を求めたが、訴外高橋は、本件融資については原告が担保の提供をするが、原告は本件土地を金一四億円で売却することを決定しており、短期間で売却することが可能であり、売却された場合には、原告は訴外会社に資金援助をする形で本件融資の弁済をする予定であること等の説明をしていたこと、被告は、訴外高橋の指示にしたがって本件不動産の本件登記手続に必要な書類を訴外赤坂から受け取り、本件登記を了したこと、訴外会社が平成四年一月二一日に第一回目の手形の不渡りを出したことから、被告は、訴外会社に対する本件融資について検討をした際、顧問弁護士から原告が宗教法人であるため担保設定には特別の手続が必要であり、本件の担保設定は利益相反の可能性があるということで、原告の定款あるいは規則を確認し、評議員会の議決や仮責任役員の選任、仮責任役員会の議決を取ることとしたこと、被告は、平成四年一月二九日、宗教法人「阿吽阿教団本部教会」臨時評議員会議事録(≪証拠省略≫)、宗教法人「阿吽阿教団本部教会」仮責任役員議事録(≪証拠省略≫)、通知書(≪証拠省略≫)を作成して、訴外高橋に対して、担保権を確実なものとするためにこれらの書類の空白部分を補充した上署名押印することを依頼したこと、その後、訴外会社は、平成四年一月三一日、第二回目の手形の不渡りを出して倒産したこと、被告は、平成四年二月三日、訴外昭二郎から右書類を受け取り、その空欄部分や記載の誤記と思われる箇所については訴外二本木が補充あるいは訂正をして≪証拠省略≫の書類を完成させたことの各事実が認められる。
二 右事実によると、本件担保設定及び本件登記は、当時の原告代表者であり訴外会社の常務取締役であった訴外昭二郎が、訴外会社の債務を担保するために設定したものであるから、原告と利害が相反する行為であると認められるから、訴外昭二郎は、宗教法人法二一条一項、原告の規則一五条により原告を代表する権限を有しないので、評議員会で仮代表役員を選任しなければならないというべきである。
ところで、本件担保設定は、訴外昭二郎が、訴外会社ための金策を得るために本件不動産に根抵当権を設定し、本件登記を了したもので、その後、訴外会社が平成四年一月二一日に第一回目の手形の不渡りを出したことから、被告において、原告の規則等を検討した結果、本件担保の設定は利益相反の可能性があり、宗教法人法の定める特別の手続が必要であるということで、原告から改めて評議員会の議決や仮責任役員の選任、仮責任役員会の議決を取ることとし、顧問弁護士からの指摘に基づいて≪証拠省略≫の書類を作成し、訴外昭二郎に対して右各書類の作成を依頼したもので、訴外昭二郎は被告からの右指示にしたがって各関係者の承諾等のないまま記載し、署名押印をしたものである。したがって、本件担保の設定に関して、原告の評議員会が開催され、仮責任役員が選任されたことはないし、仮責任役員会が開催されたということもない。
右認定のとおり、訴外昭二郎は評議員会で仮代表役員を選任する等の手続を経ることなく原告を代表して本件担保設定及び本件登記を行ったものであるから、本件担保設定は、宗教法人法二一条に違反する無効な行為であるといわなければならない。
三 被告の主張について
(一) 宗教法人法二四条但書の類推適用及び表見代理に関する主張について
被告は、本件担保設定については宗教法人法二四条但書が類推適用されるべきであると主張するが、前記認定のとおり、被告は、本件不動産が宗教法人である原告に帰属する財産であることを知りながら、原告と直接に本件担保設定に関する接渉を行ったことはないし、また、その当時、本件担保設定が宗教法人に基づく手続を必要とすることについても何らの関心を払うことなく、訴外高橋との接渉のみによって本件担保設定を行ったもので、かかる事実に照すと、本件担保設定の設定について、宗教法人法二四条但書が類推適用されるべきであるとする被告の右主張は理由がない。
また、訴外昭二郎が、後記認定のとおり、原告から本件不動産を処分するについての代理権の授与を受けていたという事実を認めることも出来ないので、本件担保設定について民法一一〇条の表見代理が適用されるとする主張は理由がないし、被告が、本件担保の提供が、宗教法人法二一条に該当することを知らなかったとしても、前記認定のような事実に照すと、これが民法一一〇条の表見代理が類推適用されるべきであるとする主張も採用できない。
(二) 確かに、被告が、訴外高橋が本件融資を受けるに際して、被告に対し、原告が本件不動産を金一四億円で売却する予定であり、右売却代金で本件融資の返済をすることが可能である旨を説明したこと、本件登記を了した後に、本件不動産の評価証明書を被告に提示したこと、訴外会社が本件融資を受けた約半年後に不渡りを出して倒産したことの事実が認められるが、しかしながら、本件担保設定に至る前記認定のような事情に鑑みると、被告が、訴外高橋らの前記説明を信じて本件不動産に本件担保を設定したとしても、それは、被告が、本件不動産が宗教法人である原告の所有する物件であることを知りながら、本件不動産に本件担保を設定するについて宗教法人法や原告の規則等に則った手続を取らなかったことに起因するものであるし、また、被告は、本件融資の実行をするにあたっては訴外会社に対して担保の提供を強く求めていたのであるから、訴外会社あるいは原告から有効な担保の設定を受けるについての検討をすることが十分可能な状況にあったというべきである。加えて、右有効な担保の提供を受けることが出来なければ本件融資の実行を拒否することも可能であったのであるから、被告の主張する事実を精査しても、原告の本訴における本件主張が信義則に反したものであると認めることは出来ない。
(三) 被告は、原告が、訴外昭二郎の無権代理行為を追認したと主張するが、原告が、被告に対して、評議員会の議決や仮責任役員の選任、仮責任役員会の議決等を行った旨を記載した書類を交付したが、これらの書類は、被告の顧問弁護士の本件担保設定が利益相反行為に該当するおそれがあるとの指摘に基づいて、被告からの指示で訴外昭二郎が各関係者の承諾等のないままに署名押印をして作成したというのであるから、原告が訴外昭二郎の無権代理行為等を追認したと認めることはできない。
(四) 被告は、原告が、原告の代表役員である訴外昭二郎に対して、本件担保設定についての代理権を授与していたし、本件不動産を処分(根抵当権の設定等)について事前に包括的に任せかつ承諾をしていたというべきである旨を主張する。
被告は、本件担保設定については主に訴外高橋と接渉をもっていたもので、原告と直接に本件担保設定に関する接渉を行ったことはないし、また、その当時、本件担保設定が利益相反行為に該当することの可否とか原告が宗教法人であることから特別の手続を要するか否か等という事柄を念頭において、訴外会社あるいは原告との間で本件担保設定を行ったという経緯は認められないところであり、訴外会社が、手形の不渡りを出したことから本件担保設定について評議員会の開催や議決等の必要手続を経た書類を作成する等して宗教法人法上の手続上の整合性をとることとしたもので、被告が、本件担保設定時に、訴外昭二郎に対して、原告が本件担保設定に関する承諾を得ていたものであるか否かの確認を行っていなかったことは明らかであるし、被告自身、原告の宗教法人法に基づく手続を経ることが必要であるということ念頭において本件担保の設定を受けたものでないことも明らかである。原告が、訴外昭二郎に対して、本件担保設定に必要な権限を予め授与していたと認めることは出来ないことは、前記認定のとおりであり、これに前記認定した事実を総合すると、原告が、訴外昭二郎に対して、予め本件担保の設定をするに必要な代理権を授与していたと認めることは困難である。
また、被告が主張するように、原告が、実質的な宗教活動を行っておらず、冨岡家の私的な宗教団体であるとの色彩が強く、また、訴外会社も冨岡家の親族の経営するいわゆる親族会社であるとしても、それぞれが独立した法人格を有した法人であり、しかも、≪証拠省略≫や本件における証人冨岡昭二郎の証言によると原告の評議員会の承認を経て訴外のその他の会社のために設定された根抵当権等もあるというのであるから、被告が主張する事実をもって直ちに、原告が、本件不動産等の処分権限を原告の代表役員である訴外昭二郎に包括的に任せかつ承諾を与えていたとか、訴外昭二郎が、原告の評議員会等の承認に基づいて本件担保設定を行ったという事実を認めることは出来ない。
被告の右主張するところは、推測や推認の域を出るものでなく、本件全証拠によるも、本件不動産の処分について訴外昭二郎が原告から包括的な承諾を受けていたという事実を認めることは出来ない。
四 右事実によると、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 星野雅紀)